トラウマと恐怖への対処法の記録

thank you, bye bye and good night


自分が意見を主張し、意思を通さなければならない状況になると体が動かなくなることが多々ある。小さなミスの糸のほころびを報告しなくてはいけない時とか、まさにそうだ。


そのミスに対する適切な回避策や対処法は頭ではわかっている。 きちんと報告し、対応するため期限を伸ばしてもらうための説得をしたらいい。

わかっているのにできない。なんでなのだろう、とここ何年も悩んできた。


「トラウマがあるんですね」と先生は言った。そして「小さい頃、怒られたとき、なにがありましたか?」と。


幼い頃の怒られた記憶をたどる

一番古い記憶で幼稚園のころだろうか。

暗闇で縮こまって存在を消し、何をしても怒られるしかない理不尽さに悔し涙を流している自分が鮮明に思い出せる。

暗闇に閉じ込められ泣いて謝っても「謝ればいいと思ってるんだろ」「泣けば済むと思ってるんだろ」と言われ続けたこと。

今でも覚えてる。なんて理不尽なんだろうってずっと思ってた。だって何をしても許してもらえないのなら感情を殺すしかないじゃないか。

それから怒られているときは無言で母を睨み返して「早くこの家から出たい」「早く死ねばいいのに」と考えていた。

あなたが本当に好きなものを、好きと言って良い - 木曜日のくしゃみ


ここにも書いたけど、怒られたときは泣いても謝っても火に油を注ぐだけで余計怒らせてしまうのでいつも心と気配を殺して隅にうずくまっていた。


「言葉を発しても、感情を出しても無駄。理解されない。否定される。」


だから感情を殺して、涙も流さずに、声も出さずに、部屋の隅や閉じ込められた場所に縮こまっているしかなかった。

(縮こまっていても子供らしくないその姿を見て「生意気だ」と母は言うだけだったけど)



脳が強制的に過去のトラウマを引き起こす

ハッとした。その頃の自分を繰り返していることに気がついた。

わたしはいつも決まって落ち込む前は大きな自己主張をしなければならない状況があり、それができずに部屋で縮こまり、うつを引き起こす。


「難しいです」「無理です」「変更してほしいです」こういった言葉 = 「自己主張」をしようとすると脳が強制的に過去のトラウマが噴出してきて、体に染み付いたその頃の回避策を実行してしまう。

わたしが意見を言うとワガママだ自己中だと言われてきたから、わたしには意見を言う資格も価値もないと思ってしまっていた。(ことに気がついた。)

できない自分が悪いと思っていた。

自己主張をすると否定される。駄目なヤツだと(母に)罵られる。怖い!!!!

言葉で謝っても、感情を出しても、(母に)余計否定されてしまう!!!怖い!!!!

怒られないためには全て存在を消して隅で縮こまることしかできない!


わたしの場合、問題が悪化しそうになると存在を消して縮こまり嵐が去るのを待つクセが染み付いていた。

言葉も感情も否定されるだけだから何も動いてはいけない、相手の反応が怖い。そう思っていた。

事態は余計悪化するばかりだった。

大人になったいまできる回避策

染み付いた回避策は5~6歳の自分ができる最善の方法。

そんな幼いこどもが考えた回避策が得策なのか?きっとちがう。もっと良い方法が大人になったいまわかるはずだ。



「目の前にいる人はいつも否定してきた母なのか?」

「その相手はあなたが恐れている母なのか?」



ちがう。まったく違う人だ。

わたしが自己主張したときに返ってくる反応も、「母が繰り返してきた人格否定」とは違うはずだ。




だから大丈夫、そんなに怖がることはないんだ。部屋の隅で動けずに、感情と存在と言葉を失って、縮こまってなくていいんだよ。

「ごめんなさい」「できない」「むずかしい」「好き」「嫌い」

そういった意志を伝えても、大丈夫なんだよ。




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ふと思った。メールの画面の向こう側にいるのはIKEAで買ったくまさんだ!と思ったら気も晴れるかもしれない。そう考えるとくすりと笑える。

なんだか思考が整理されて、こころが元気になってきた。